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▷ 心地よく、豊かなサステナビリティとは? 『スウェーデンから考える明日のまちと生活』イベントレポート

昨今、耳にする機会が増えた「サステナビリティ」という言葉。節約、我慢、ちょっと小難しい……?みなさんはどのようなイメージを抱かれるでしょうか。

2023年10月8日日曜日の午後。埼玉県小川町のコワーキングロビーNESToでは、「スウェーデンから考える明日のまちと生活」と題し、7月に実施されたスウェーデン第3の都市マルメでのサステナビリティラーニングツアーについて参加者による報告会を開催。サステナビリティの概念を、少し違う角度から見つめ直すきっかけになるようなイベントとなりました。

スピーカーは、東京との二拠点生活を経て、現在は小川町で暮らす企画編集者・柳瀨武彦さん。広告会社にてイベントプロデューサー、コピーライターを経て独立し、2019年に株式会社Pを設立。現在はNESToからほど近い場所で、喫茶「PEOPLE」と植物にまつわる本を取り扱う「BOTABOOKS」も構えていらっしゃいます。

ゲストスピーカーは、ソーシャルグッド専門のPR企業・ひとしずく株式会社代表のこくぼひろしさん。「コミュニケーション」をテーマに、マルメとコペンハーゲンを中心に7日間、日本人18名が参加した同ツアー。スウェーデン現地のワンプラネット・カフェ社とともに、地元企業や施設、スーパーマーケット、一般家庭にまで及んだ多彩なプログラムを企画した主催者です。

本レポートでは、柳瀨さんが同ツアーを通して受け取った発見と刺激を来場者に共有しながら、私たちの暮らしや小川町の未来へ生かす在り処を探った様子をダイジェストでお届けします。

 

【目次】

1.「サステナビリティ」の大事な前提
2.スウェーデン・マルメの事例
3.コミュニケーション観点から考えるサステナビリティ
4.スウェーデンでの学びを、私たちの暮らしに生かすために

 

「サステナビリティ」の大事な前提

「sustain(持続する、保つ)」と「-able(~できる)」を組み合わせた言葉であり、日本語で「持続可能性」を意味する「サステナビリティ」。さまざまな表現で語られる言葉ですが、組織活動を評価するときの一つの視点からするとサステナビリティは、「Planet(地球)」「People(人)」「Profit(利益)」の3つのキーワードで定義されることがあると柳瀨さんは話を切り出しました。

つまり、地球環境、一人ひとりの心身の健康、良好な経済循環の3つがそろってこそ、持続可能的だということ。サステナビリティと聞くと、「Planet(地球)」視点のイメージが強い場合も少なくないかもしれませんが、一人ひとりの心身の健康はもちろん、さらには良好な経済循環も生活を続けていくために必要な要素である、との投げかけが印象的でした。

さらにもう一つサステナビリティの定義を引用しつつ「持続可能な開発とは、将来の世代が自らのニーズを満たす能力を損なうことなく、現在のニーズを満たす開発である」と説明。現役世代のニーズを追求した結果、未来の人たちのニーズが満たされなくなるのは持続可能的とは言えないとの認識は大前提としつつ、現在のニーズを満たすことも大事という視点には、新鮮さを感じました。

柳瀨さんは同ツアーに参加したことで、快適さ、美味しさ、かっこよさ、可愛らしさを失わないサステナビリティの実践があることを目の当たりにし、節約や我慢の要素は全体のほんの一部に過ぎないことが分かったそう。こくぼさんも「このツアーでは、スウェーデンやマルメにおける、快適で豊かな"Sustainability in Reality" (実現しているサステナビリティ)を体験できる」と語ります。

未来の世代までを思いやる長期的展望と、今を生きる人たちの心地良さ。サステナビリティ先進国では、どのように両立を図っていたのでしょうか?

 

スウェーデン・マルメの事例

今回のイベントで共有された現地視察のレポートから、特に心に残ったトピックをご紹介します。

まずは、柳瀨さんたちツアー参加者がマルメで滞在した「Scandic Hotels」。「STAY SUSTAINABLY WITH US(私たちとサステナブルな滞在を)」を提唱し、エコホテルとしての多様な取り組みで他施設にも影響を与えるホテルブランドです。

例えば、ホテルの定番である朝食ビュッフェにおいても、必要以上取りすぎないようにお皿が小さかったり、パンも自分で必要な分を切って取り分けたりする仕組みなど、フードロスをなくしつつ、新鮮な食べ物を提供する姿勢が徹底されていたそう。

また、調理のバリエーションは日本に及ばないものの、グルテンフリー、ラクトース(乳糖)フリー、ビーガン対応、フェアトレードなどなどドリンクの種類は実に豊富。これに象徴される、同ホテルの食の選択肢自体を多くするあり方には、あらゆる人のニーズへの配慮と日本と異なる種類の豊かさの志向を感じます。

また、日本とは違って、清掃はしないことがデフォルトで、必要があるときにゲストが求める仕組み。しかも、「必要のない掃除を減らすことで、1年で1000万リットルの水を削減できる」と事実を伝えることで、ゲストが納得感を持ってそれに協力する状況をつくるクールなスタンスにも惹きつけられました。

しかも、これらのエコな取り組みは、余計な生ごみの処理や洗濯をしないで済む点でスタッフのケアにもつながっています。同ホテルはスウェーデン、デンマーク、フィンランドを中心に約140もの拠点を構えるほどの規模感だそうで、まさに「Planet」「People」「Profit」の三方良しの事例といえるでしょう。

それから、パブリックな空間の代表格である公園のあり方にも、新しいサステナビリティの感覚が満載。例えば、現地の公園内には、地産地消の食材を使用するレストランや、大人が楽しめるバーとともにコミュニティガーデンもあり、そこで使われる道具も利用者でシェアされていて、個々で過剰に物を所有する必要がないようになっているそう。

また園内には、ピクニックシートを敷いて、甘い物と一緒にコーヒーを楽しむスウェーデンの文化「FIKA(フィーカ)」を楽しむ人々もいれば、「Bee Hotel」と呼ばれる、世界の食糧を守るうえでも欠かせない蜂が冬を越えるための施設も設置。人も動物も心地よく健やかに、しかもお金もあまりかけずに楽しく過ごすことのできる空間になっていることに心動かされました。

送粉者(花粉の媒介者)が少なくなれば植物の生態系への大きな影響があり、ミツバチは、世界食糧の約3分の1、全作物種数の約7割の受粉を支えていると言われている。

ちなみに、現地では「Bee Hotel」と同様に、蜂を大切に保護するために作られた「Bee Stop」という呼ばれる取り組みもあるのだそうです。バス停の屋根で行われているこの取り組みには「すでにあるものを大切にする意識」を感じ取ったと柳瀨さんは話します。

この意識は、ツアー中に柳瀨さんがスウェーデンの街の至るところで目にしたというベンチにも体現されているように思えました。ベンチというのは、何気なくもただそこに在るだけで、そこで誰かと話せ、ものを食べられ、くつろぐこともできるもの。人や景色や時間といった目の前にすでに存在するものに、ベンチという媒介が入ることによってコミュニケーションが生まれる面白さに気付かされました。

 

コミュニケーション観点から考えるサステナビリティ

“コミュニケーション”に関連して、広告領域の仕事に携われてきた柳瀨さんならではの現地のサステナビリティ意識への気づきも注目でした。例えば、マルメに本社が置かれるOATLYは、乳製品の代替品として同名のオーツミルクを製造する企業。「Wow No Cow!(ワオ、牛じゃないよ)」などのキャッチコピーで知られる同社のコミュニケーションのあり方を「牛乳を挑発する“やんちゃ”なブランド」と柳瀨さんは表現します。

OATLYのパッケージやWebには、商品1kg当たりのCO2排出量を記載。化学肥料や農薬など農業投入物の生産・農業生産・輸送・加工処理・包装・店の棚に並ぶまでの“炭素の足跡”として、農家から店までの製品ライフサイクルをベースに計算しているそう。

実は、2050年には人間に必要な穀物よりも、家畜が食べる穀物が多くなると言われています。そんな地球規模の課題に対し、OATLYはユーモアをまじえながら楽しく対抗している点がとっても素敵に感じました。

終盤は、同ツアーのハイライトと柳瀨さんが感じたと語る、ストックホルムで企業のブランディングコミュニケーションを手がけるBVD社による講演内容について共有されました。講演では、企業がサステナビリティに果たす役割について、「企業がどんなサステナビリティストーリーを伝えるかが重要。ブランドは生活者にとっての教育者であれ」と話されていたそう。

今回、柳瀨さんが紹介してくれた現地の飲み物などの商品パッケージは、味わいよりもサステナビリティな取り組みについて多く割かれているのが印象的でした。サステナビリティをめぐる諸問題はときに分かりにくいこともあるもの。だからといって、消費者に分かりやすいことだけを書くのではなく、「分からないからこそ書く」というスウェーデン企業の姿勢にはハッとさせられます。

また「Simplify to Clarify(シンプルに明快に)」のフィロソフィーのもと、国内外の数多くのブランドの戦略、デザインを行っている同社の講演には「本当に必要なことだけ抽出する技術と思考」への提言がたくさん詰まっていました。

現代社会は複雑で、何かをすると、また何かをしなければならなくなる構造があるように感じます。サステナビリティな取り組みについても同様で、あまりややこしくなるとなったり、習慣にするのが難しくなったりする感覚があります。しかし同社のように「シンプルさ、明快さ」を意識することで、サステナビリティへのハードルが下がり、心地よく楽しく取り組む余裕が生まれるように思えます。

最後に柳瀨さんはこう締めくくりました。

「スウェーデンから日本に帰ってくると、本当に情報が多いなと感じます。標識、広告、案内、声がけ。それらは親切であり、分かりやすさもある反面、受け手の想像力や積極性を削いでいる気もしたのです。

私たちの脳は原始時代からそんなに大きく変わっていないそうですが、情報は溢れ、ものも満たされている。あったほうがいいけれど、なくてもいいもの。本当に必要なものを徐々に見極め、でもその分、質のよいものを大切にできるのは豊かだと感じます。

小川町はそんなまちと生活を実現するには、きっといい場所。まずは自分から、ということで、必要なものを必要な量摂る食生活からはじめてみようと思った次第です」

 

スウェーデンでの学びを、私たちの暮らしに生かすために

今回、サステナビリティ先進国であるスウェーデン事例に貫かれていたのは、常に「より良い状態を優先する」というスタンスでした。これを日本で実践するのは難しいと感じることもあるかもしれません。

しかし、スウェーデンがここまで心地よく、豊かなサステナビリティのあり方を実現できた背景には、同国が1900年代に過酷な貧困状態に陥り、子どもたちを含む人が大事にされなかったことへの強い反省があると、こくぼさんは語りました。

スウェーデンも一足飛びで今の状況を達成したのでなく、あるときから「本当にいい未来をつくる」ことを決意して、教育をはじめとしたあらゆる制度を、少しずつ変えていったという経緯があることが理解でき、日本でも、小川町における暮らしの中でも、できることはまだまだありそうだと思えました。

イベントでは、来場者が報告会パートで感じたことをメモした付箋をもとにディスカッションをする時間も設定。その後は、今日学んだことを小川町で実現するとしたらどんなアイデアがいいかを話し合い、チームごとに発表しました。

あるチームは、小川町がヤオコーやファッションセンターしまむらといった上場企業の発祥地であることに注目。「例えば町民の日々の暮らしを支えるスーパーマーケットが変わると、町の人の暮らしも変わるのでは」との着眼点で、すでにあるヤオコーの有機野菜売り場を拡張し、生産者のことを伝えるコーナーや冊子、メディアを置くことを提案しました。

すると会場からは、今回のようなサステナブルツアーに、町が予算を出してヤオコーやしまむらの社員やまちの若者に参加してもらってはどうかというアイデアも飛び出しました。

小川町は人口2万7000人弱ですから、そのうち10人でもスウェーデンの“Sustainability in Reality" (実現しているサステナビリティ)を体験できれば、町の未来にもポジティブなインパクトがあるかもしれません。ツアーにご興味がある方は、柳瀨さんやコワーキングロビーNESToスタッフにお気軽にお問合せください。

アイデアの内容は、NESTo内に掲出予定。どんなアイデアが生まれたのかぜひご覧ください。

当日の発表に使われた柳瀬さんのスライドもご覧いただけます。(161ページ!)

https://drive.google.com/file/d/1BIEyqBsIi0JZ1pFH8PfMXLmQw6KYIThs/view?usp=sharing

(文=皆本類/写真=池田太朗・柳瀨武彦)

 

【プロフィール】

柳瀨武彦|企画編集者

1986年東京都練馬区生まれ。早稲田大学スポーツ科学部在学中、貧乏旅行に明け暮れる中でコミュニケーションに興味を持ち、広告会社に入社。イベントプロデューサー、コピーライターを経て2016年に独立、2019年にP inc.を設立、喫茶PEOPLEを開業。二拠点生活を経て、2022年埼玉県小川町に拠点を移し、2022年に古本屋BOTABOOKS、クリエイティブスタジオUNE STUDIO、コレクティブファームUNFARM、2023年にPodcast「おがわのね」開始。趣味は移動と運動と音楽鑑賞。天パ。

こくぼひろし

1982年神奈川県生まれ。PRコンダクター。後方支援ファームひとしずく株式会社代表。伝えない広報と「脱炭素(カーボンニュートラル)」の社会デザインに取り組む。&PUBLIC株式会社取締役、合作株式会社取締役、一般社団法人chart project共同代表。

皆本類

フリーランスPR・ライター。女性誌のインタビューから経済誌の書評欄まで、幅広いテーマの取材・執筆を担当。近年は、企業のビジョン策定や新規事業創出のためのリサーチやエスノグラフィーも実施。地方若者議会で「広報力養成講座」の講師も務める。2022年8月から、家族3人で小川町への移住を実践中!

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