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▷ 「気候変動」と「自己肯定感」の関係性とは? 環境活動家・谷口たかひささんのお話会レポート

「気候変動」「海洋プラスチック問題」「森林破壊」——これらの言葉を聞いたとき、皆さんはどのような感覚を抱かれるでしょうか?  遠い世界の話のように思えたり、解決の糸口が見えず無力感をおぼえたりする方も少なくないかもしれません。

2024年6月13日、埼玉県小川町のコワーキングロビーNESToで開催されたお話会では、これらの環境問題にどう向き合い、どのように行動を起こしていくべきかについて、多くのインスピレーションが詰まったお話会が開催されました。テーマは「気候変動と自己肯定感」。発信者であり、実践者として活躍する谷口たかひささんが、自身の経験を通じて気づいた「自分を信じ、行動すること」の重要性を軸にお話を展開されました。

1988年生まれの谷口さんは、自ら立ち上げたビジネスで費用を工面してのイギリス留学やアフリカのギニアでの学校設立、ドイツでの起業を経て、現在は気候危機を伝える活動に力を注いでいる環境活動家です。その行動力と情熱は、2021年国連総会でのスピーチや、日本全国1881回の講演達成(イベント開催当時)といった実績からも明らかです。

本レポートでは、谷口さんが語った環境問題の現状とその深刻さ、取り組みの事例、そして参加者一人ひとりの行動の可能性について、当日の様子をダイジェストでお届けします。私たちの暮らしに直結する課題を、新たな視点で考えるきっかけとなれば幸いです。

当日は、NESTo会員である久保田ナオさんによるグラフィックレコーディングも実施されました。文末に完成版を掲載しています、ぜひ最後までご覧ください!

 

【目次】

1.無関心でいても、無関係でいられる人はいない

2.自分を満たすから始める、環境問題への取り組み

3.「政治もあなたに無関心になる」

4.「自己肯定感」の手前にある大事なこと

5.気候変動を止められる「最後の世代」

 

無関心でいても、無関係でいられる人はいない

 

谷口さんの講演は、環境問題が日常生活にどれだけ深く結びついているかを示すデータから始まりました。「人間は、1週間にクレジットカード1枚分のプラスチックを摂取している」。これはWWF(世界自然保護基金)による2019年の調査に基づくもので、私たちが日々出すプラスチックゴミが、空気中や生き物の体など食物連鎖の中にも入り込むことに関連する事象です。海洋汚染が単なる環境問題にとどまらず、私たち自身の健康に直に影響していることを物語る内容です。

こうした問題を目の当たりにした谷口さんは、「どうしようもなさそうなゴミ問題をなんとかしたい」という思いを抱き、環境先進国と感じたというドイツへの移住を決断しました。谷口さんがドイツで初めて訪れた、プラスチック製品を一切取り扱わないスーパーマーケット。その光景に感銘を受けた彼は、自らもプラスチックごみ問題の解決につながる商品を日本に広める事業活動を開始。その後、より広範な気候変動問題に取り組むため、当初立ち上げた会社を手放し、現在は気候変動を止めるための活動に取り組んでいるといいます。

   

講演の前半では、気候変動がもたらす影響についても詳細に語られました。2022年は記録的に気温が高い年の一つとされ、地球温暖化の進行を裏付けるデータが多く報告されています。特に海水温の上昇が深刻で、これが台風や洪水の頻発・激化を引き起こしています。具体例として挙げられたのは、リビア北部での歴史的な水害です。この地域では、たった1日で年間降水量の約2倍となる400mm近い雨が記録され、多くの住民が生活基盤を失いました。こうした異常気象は、世界中で頻発しており、日本でも豪雨や台風被害といった温暖化の影響が報告されています。

さらに、アマゾン熱帯雨林の伐採や北極・南極での氷河融解が進行している現状も共有されました。たとえばアマゾンでは、1時間にサッカー場約100面以上もの森林が失われているといいます。本来、温室効果ガスを吸収する役割を担う森林が破壊されることで、気候変動はさらに悪化しています。また、北極圏では通常よりも気温が約30度上昇する異常事態が発生しました。これにともない、北極熊などの生態系にも壊滅的な影響が及んでいます。

特に強調されたのは、こうした環境問題がもたらす社会的影響です。谷口さんは、「もし私たちが気候変動に無関心で行動を起こさなければ、最初に失われるのは自然ではなく、平和です」と語りました。地球温暖化が進むにつれ、気候難民の増加や資源を巡る争いが激化し、やがては社会全体の安定が脅かされる危険性があるからです。

また、谷口さんはヨーロッパでの居住期間中、子どもたちが環境問題に対して声を上げる様子に触れた経験についても話しました。平日の昼間、学校を休んで大人たちに訴えるデモ活動を行う学生たち。谷口さんが出会った、ある集会のリーダーをしていた、中学2年生の女性は次のような言葉を語ったといいます。「大人たちはよく『子どもの未来のために』と言うけれど、その言葉に行動がともなっていないことを私たち子どもは見抜いている。だから自分たちが行動するしかない」。この言葉に、谷口さん自身も、かつての幼い頃の自分を重ねたといいます。

「自分はそんな口だけの恥ずかしい大人になりたくないと思ったので、この活動をやっています」。続けて語られたのは、環境問題と自分自身の関係性に気づくことの重要性でした。

「環境について考えることは、特別なことでも意識高い系の行動でもありません。この問題に無関心でいられる人はいても、無関係な人はほとんどいないのです」と谷口さん。「私たちが日々何気なくしていること、選んできたものが、実はすべて環境問題につながっています。それに気づき、当事者意識を持てれば、人は状況を変える力を持つことができると谷口さんはいいます。

「環境問題についてまだまだ知らない人が多いこと、それこそが一番大きな希望です」。このメッセージには、環境問題を解決する可能性を一人ひとりの行動に見出す力強い思いが込められていました。

 

自分を満たすから始める、環境問題への取り組み

 

谷口さんは講演の中盤で、環境問題に対する具体的な取り組みについて提案しました。その核心にあったメッセージは、「まずは自分自身を満たすことから始めてほしい」というものでした。イギリスの学者による研究を引用しながら、「人は自分が満たされて初めて、他者や社会のことに目を向け、行動する力を持てる」と語りました。

また、それを補足する内容として、アメリカ・ハーバード大学が80年以上かけて行った幸福感に関する研究についても言及されました。その調査で明らかになったのは、幸福に最も強く関連するのは「身近な人々との良好な人間関係」であるということ。谷口さんは、「物質的な豊かさやお金では真の幸福にはつながらない」ということを示唆しながら、現代社会に蔓延する「今だけ、金だけ、自分だけ」という価値観にも一石を投じました。

平日の夜の開催ながら、地域内外から多くの観覧客が集まりました。興味深いスライド資料の数々に、スマホで写真を撮る人の姿も目立ちます

では、どのような行動が持続可能な未来につながるのでしょうか?  谷口さんは、私たちの日々の行動の積み重ねが地球環境に与える影響を具体的な事例とともに解説しました。

最初に挙げられたのは「食べ物」についてです。「食品廃棄物は水分を多く含むため、その処理にはエネルギー消費を伴い、フードロスは地球温暖化の一因になっています」と語る谷口さん。日本のフードロスは、家庭から発生するものが全体の約半分を占めており、まだ食べられる食品が過剰購入や賞味期限切れなどを理由に廃棄される現実があると指摘しました。

次に取り上げたのは「電力」の選択です。石炭火力発電と風力・太陽光発電による電力では、温室効果ガスの排出量に約100倍もの差があるといいます。「わずか5分で電力会社を切り替えるだけで、地球への負荷を大きく減らせます」と谷口さんはいいます。

さらに、オーガニック農法の可能性についても具体例を交えながら説明しました。「健康な土壌は温室効果ガスを吸収することが分かっています」と谷口さん。オーガニック製品を選ぶことで、農業を通して環境改善に貢献できるという考え方を提示しました。続けて、谷口さんは現在の経済の潮流についても触れました。

「かつては化石燃料産業が経済を支えていましたが、再生可能エネルギーが急速に成長しつつあります」と述べ、この変化を象徴する例として、世界最大級の民間石油企業・エクソンモービル社の株価の一時的な下落と、再生可能エネルギー企業の成長を挙げました。これらの事例を通じて、経済と環境がどのように未来を形づくるかについて考えるきっかけを提供しました。

 

「政治もあなたに無関心になる」

 

谷口さんの講演は、環境問題に向き合う私たち一人ひとりの行動が、いかに重要かを説く内容へと進んでいきました。「政治や企業、メディアといった大きな存在がどう形づくられているか。それは私たちが日々の選択で、応援している結果にほかならないんです」と、谷口さんはいいます。

「特に日本では、投票や消費行動を通じた主体的な応援の意識が欧米に比べて低い傾向にあると言われています」と指摘。投票率に関しても、高所得層ほど投票に行く傾向があり、その結果、政策が富裕層に有利に働く可能性もある状況を説明します。

さらに、「投票に行かないことで、その世代に割り当てられる政策予算が減少する可能性がある」という東北大学の研究が示したデータを挙げ、投票行動の重要性を伝えました。

谷口さんはまた、若年層の投票率が高いといわれる台湾での街頭インタビューにおける若者の言葉を共有しました。「もしあなたが政治に関心を持たなくなるなら、政治もあなたに関心を持たなくなる」。この言葉に触れながら、谷口さんは「社会の問題を誰かのせいにして、自分の行動を止めてしまうのではなく、自分自身が動くことが大切だ」ということを強調しました。

さらに、日本人の自己肯定感の低さにも話は及びます。自己肯定感とは一般的に、自分のことを大切にできること(感情面)や、自分で物事を決められること(理性面)と定義されるものです。「世界的な調査で日本は、『今の自分に満足している』『自分の行動が社会を変える力を持つ』と考える人の割合が低い傾向がある」と谷口さんは指摘します。

この背景について谷口さんは、「日本では義務が強調される一方で、自由と権利について考える教育や機会が少ないことが、自己肯定感の低さの一因ではないか」と述べました。この観点から、日本の教育や社会構造を見直す必要性について示唆しました。

「家庭でも学校でも、大人になって組織に入ってからも『これをしなきゃいけない』『これをしちゃいけない』と言われ続け、それで頭がいっぱいになってしまう。そうなると、本来自分に備わっているはずの権利である『やってもいい』『やらなくていい』といったことを考える余地がなくなって、自分の人生で、自分が何をしたいか、分からないような状態になっている」

「結局、私たちが変えられるのは、“今”と自分だけです」と谷口さんは語ります。何かを変えるためにまず必要なのは、考えて動くこと。そして、自分で調べて確かめ、そして何より行動することの重要性を訴えました。

 

「自己肯定感」の手前にある大事なこと

 

谷口さんの言葉で一番印象的だったのは、「自分の人生で一番大事なのは、何が正解か見つけることではなく、自分がどうしたいかを知ること」でした。そして、自分自身がそれをはっきりと自覚し、それに沿って行動することの大切さを実感しました。

講演会の終盤で谷口さんが、ヨーロッパの学校で経験した自由と権利を重視した教育についてのお話にそのヒントがある予感がしました。「ヨーロッパの教育現場では、正解のない問題について自分の意見を問われる授業が多く見られます。たとえばドイツの学校では、ペーパーテストが成績の4割程度を占めるだけで、残りは自分の意見を持ち、それを発表する力が評価されていました」と谷口さん。「日本では、正解を覚えることが重視されるため、子供たちは自分の意見を持ち行動する訓練を十分に受けられない」ことを指摘し、自由な思考を育む教育の必要性を訴えました。

さらに谷口さんが強調したのは、「子供を小さな存在として扱うのではなく、一人の人間として接し、信じることの重要性」でした。「子供たちは、自分で考え、動き、失敗を通じて学びながら成長していきます。それを大人が先回りしてしまうと、彼らが自分で考える機会を奪ってしまいます」と警鐘を鳴らしました。

また、谷口さんは「自己肯定感」の“前提”にも触れました。「僕は自己肯定感の一歩手前の『自己受容』がもっと大事だと思います」と語ります。「自己受容とは、自分の良いところも悪いところもすべてひっくるめて受け入れること。それができて初めて、自分を信じて行動できるのです」と、その重要性を強調しました。

さらに、谷口さんはデンマークで通知表や丸暗記の必要性があるテストを法律で禁止されたことを例に挙げ、「人と比べないこと」の大切さについても言及。「現地では、人と比べられないので、勉強が好きな子供が多いし、現地の人に幸せの秘訣を聞くと、まず『人と比べない』という答えが返ってきます」といいます。

「人は自分の言葉にもっとも影響を受けやすいので、口癖を『私は私』に変えてみることをおすすめします」と提案しました。この言葉からは、他人の評価や期待に左右されず、自分自身と向き合う姿勢の重要性が感じられました。

 

気候変動を止められる「最後の世代」

 

講演の締めくくりには、私たち一人ひとりの主体的な行動が、どのように社会全体へ影響を及ぼすかが語られました。「大きな変化を起こすには、人口のたった3.5%の人が行動すれば十分だと言われています。全員が参加する必要はありません」と谷口さんは言います。この数字は、個々の地道な行動が持つ可能性をあらためて実感させるものでした。

しかし、谷口さんは「自分の正義を他者に押し付けることは逆効果になる」と警鐘を鳴らします。「正義の反対は、別の正義です」とたとえながら、異なる価値観や意見を尊重し、共感を基盤とした行動の重要性を説きました。「強制されるよりも、共感できたときに人は自然と動きます」との言葉はとても腑に落ちました。

最後に象徴的に引用されたのは、谷口さんがスウェーデンで出会った8歳の少年のエピソードでした。その少年は、段ボールに「”So that, I can say I did everything I could do.”(自分でできることは全部やった、胸を張ってそう言える自分であるために)」と書き、環境デモに一人で参加していました。

その理由を尋ねると、「僕は8歳だけど小さな妹ができた。その妹にこのまま行くと『なんでまだ時間があるうちに何もしてくれなったの?』と聞かれると思う」と答え、谷口さんは返す言葉がなかったといいます。しかし、根底にある気持ちは自分も一緒だと感じ、他者に認められるためではなく、自分の行動に誇りを持てるように生きたいと語りました。

質疑応答の時間では、情報社会におけるメディアリテラシーの必要性についても言及。「情報にアクセスするときは、発信元の信頼性を確認しつつ、正反対の意見にも耳を傾けることが大切です」と谷口さんはアドバイスします。「誰が言ってるかでは、僕はその情報を信用しません。今日の僕の話を含め何でも鵜呑みにせず、自分で裏を取り、自分で考える姿勢が大切です」とも。

地域内外の参加者から、積極的な質問が続いた質疑応答の時間。このときの質問をきっかけに、「小川町の多くの子供たちに、谷口さんのお話を聞かせたい」と学校での講演会の開催に挑戦される方が現れるなど、今もお話会の輪が広がっています。

 

今回の講演全体を通じて、個人が主体性を持って行動することの重要性が多く語られました。「僕らがこの気候変動の影響を受ける『一番最初の世代』でこれを止めることができる「一番最後の世代」です」ーー。一人ひとりの小さな選択が、未来をより良いものへと導く力を持つこと。それを信じ、まずは身近なところから始めることで、社会全体へポジティブな影響を与える道筋が見えてくるかもしれません。

 

 

グラフィックレコーデイング=久保田ナオ

文=皆本類

写真=小川町写真館

 

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